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長篠の戦い


よしのり Home
TOSS SANJO/小林 義典

種子島に鉄砲が伝わったのが1543年の夏。
それから半年もしない内に,種子島では6,000挺もの鉄砲が作られた。
鉄砲伝来から凡そ30年後。長篠の合戦が行われる。
ここで信長は三段構えの鉄砲一斉射撃を行ったとされる。
鉄砲の一斉射撃を行ったという記録は,これが史上初。
当時,世界一大量の鉄砲を保有する日本で,
世界最先端の戦法による合戦が行われたのである。
鉄砲による合戦は,戦国の世を早く終わらせるきっかけとなった。
後に続く江戸時代は,
世界でも稀に見る平和で豊かな世の中である。


一枚の写真を読み取ることから授業を構成する。
「何県か?」「季節はいつか?」「どちらの地形が攻めやすいか?」の発問は,
熊本の佐藤琢朗氏実践の追試である。(『TOSS向山型社会』31収録)                                                   

 ●「織田信長」の授業サイト  ●「豊臣秀吉」の授業サイト  ●「徳川家康」の授業サイト

Webワーク


(◆絵「長篠の戦い」提示)

【指示】この絵を見て,分かった事,気付いた事,思った事を,ノートに箇条書きで書いてごらんなさい。

【指示】10個書いた人は,ノートを持ってきなさい。
    (板書させたいものに○をつけて褒め,板書させる。)

  「鉄砲を撃っている人がいる。」
  「弓矢を使っている人がいる。」
  「いろんな模様の旗がある。」
  「柵みたいなものがある。」
  「槍を持っている人がいる。」

【発問】季節はいつですか。

  「春です。凸凹になっている丘みたいな所が緑色だからです。」
  「春です。川の近くに草が生えていますが,未だそんなに成長していないからです。」

【説明】正解は春。天正3年(1575年)の5月8日に行われた戦いです。

【発問】川を挟んで陣を張っています。右と左,どちらの地形が有利ですか。

  「右側が有利です。平地ではないので隠れて戦えます。」

(●画像「古戦場跡」提示)
【説明】戦いの跡地です。両軍の陣地は300m程しか離れていませんでした。

【指示】教科書にも同じ写真が載っています。見付けてごらんなさい。

【発問】何県で行われた戦いですか。

  「愛知県です。教科書に長篠(愛知県)と書いてあります。」

【説明】これは「長篠の戦い」の絵です。「長篠の戦い」言ってみなしょう。さんはい。

【発問】誰と誰の戦いですか。

  「織田信長と徳川家康の連合軍と武田軍の戦いです。」

(●絵「長篠の戦い」にテキスト「織田・徳川,武田」と提示)
【説明】武田の騎馬隊は,当時日本最強と言われていました。

【発問】どちらが勝ったのですか。

  「信長軍です。」

【発問】信長はどんな武器を使いましたか。

  「鉄砲です。」  

(●画像「鉄砲を撃っている写真」提示)
【説明】当時の鉄砲射撃を再現した写真です。今日は,この鉄砲について見ていきます。

【発問】鉄砲を発明したのはどこの国だと思いますか。
     a モンゴル   b 日本   c ポルトガル

  「ポルトガル?」

(●画像「元軍との戦い」提示)
【説明】この絵を覚えていますね。元寇です。鎌倉時代の頃,モンゴルは元と言いました。

【発問】どんな武器を使っていますか。

  「毒矢です。」
  「てつはうです。」

(●画像「てつはう」提示)
【説明】海底から引き揚げられた,当時のてつはうです。手榴弾のような兵器でした。
    元は他にも弾を発射させる銅製の銃も開発していました。
    ですから,正解はモンゴルです。火薬を使った兵器ですね。

(●画像「勢力範囲を広げる元」提示)
【説明】元は鉄砲を使って領土を広げました。
    その結果,ヨーロッパに鉄砲が伝わり,大きく改良されます。

(●画像「世界を二分するポルトガルとスペイン」提示)
【説明】改良された鉄砲がポルトガル人によって,日本に伝わります。
    ポルトガルはアフリカやアジアに勢力を広げていました。

(●画像「ポルトガルから伝来した鉄砲」提示)
【説明】ポルトガルから伝来した鉄砲がこれです。火縄銃と言います。
    言ってみましょう。さんはい。(「火縄銃」)種子島に伝わりました。

【説明】1543年,島の殿様は鉄砲2挺を,2000両で買いました。

【発問】殿様はこの鉄砲をどうしたでしょう。

  「天下をとろうとしたと思います。」

(●画像「鉄砲をつくる鍛冶職人」提示)
【説明】殿様はこの鉄砲を見本として,島の刀鍛冶職人に,同じような鉄砲を作らせました。

(●画像「国産第一号の火縄銃」提示)
【発問】5か月後には,島で何挺位の鉄砲を作ったと思いますか。

   「100挺位だと思います。」

【説明】6,000挺の鉄砲を作ってしまったそうです。
    鉄砲の作り方は日本各地に瞬く間に広がり,世界一多くの銃を持つ国になりました。

  鉄砲の生産量については諸説ある。
  慶長12年(1607年),南浦文之(なんぽぶんし)が記録した「鉄炮記」には,
  「1年あまりのうちに数10挺の鉄砲ができあがった。」とある。
  本授業では,西尾一・平光雄『教科書にない疑問にこたえる歴史資料集』(明治図書)に従った。

(●画像「長篠の戦い」提示)
【発問】しかし,鉄砲には問題点がありました。どんな問題点でしょう。

  「暴発して,味方がやられる事が多かったと思います。」
  「一発撃つと,その又次に撃つ迄時間がかかり,その間に騎馬隊にやられと思います。」
  「余り弾が良く飛ばなかったと思います。」
  「命中率が低かったと思います。」

【説明】当時,武田の騎馬隊の方が有利だと思われていました。

【発問】信長軍は,どのような戦法で勝てたのでしょうか。

  「大金をつかって3,000挺の鉄砲を用意して,次から次へと弾を撃ったのだと思います。」

【説明】3,000挺の鉄砲。この鉄砲隊を3隊に分け,3隊を順番に切れ目なく撃たせたそうです。

  上記戦法の真偽については諸説ある。
  又,使用した鉄砲の数も1,000挺と記してある歴史書もある。
  本授業では教科書や資料集の記述に従う事にした。

【発問】このような三段構えの鉄砲一斉射撃を世界で初めて行ったのは,どこの国だと思いますか。(挙手させる。)
     a モンゴル    b 日本     c ポルトガル

   「日本?」

(●画像「織田信長肖像」提示)
【説明】日本ですね。信長です。
    世界最先端の武器を使って,世界最先端の戦法で戦ったのが「長篠の戦い」でした。
    天下統一は急ピッチで進みます。戦国の世を早く終わらせる結果となりました。

【指示】今日のお勉強の感想をノートに書いておきなさい。
    「信長」「鉄砲」「新しい戦い方」の三つのキーワードを使います。


(●画像「徳川家康肖像」提示)
【発問】おまけの問いです。
    江戸時代になって,鉄砲の数は増えたでしょうか。減ったでしょうか。

【指示】増えたと思う人。減ったと思う人。(挙手させる。)

(●画像「江戸時代の武家屋敷」提示)
【説明】江戸時代の武家屋敷の写真です。
    江戸時代は世界でも例のない平和で豊かな世の中でした。
    ですから,鉄砲の数はどんどん減り,発展しませんでした。

【発問】でも,鉄砲に関係するもので,唯一発展したものがあります。何でしょう。

(●絵「両国橋の花火の賑わい」提示)
【説明】火薬の技術です。これは花火へと発展しました。


〈参考資料〉
◆TOSS社会研究会事務局センター『TOSS向山型社会』31収録の佐藤琢朗氏論文
◆西尾一・平光雄『教科書にない疑問にこたえる歴史資料集』(社会科教育別冊No.2:明治図書)
◆西尾一・平光雄『教科書が面白くなる“歴史モノ”なんでもデータ事典』社会科教育'96念8月号別冊:(明治図書)
◆有田和正『日本の歴史が10倍おもしろくなる』(旺文社)
◆清水馨八郎『侵略の世界史』(祥伝社)
◆国際日本文化研究センターの先生による授業 http://www.edu.city.kyoto.jp/hp/katsurazaka-s/98/gakusyu/nitibunken.htm
◆長篠の戦い http://www.ffortune.net/social/history/nihon-sen/nagasino.htm
◆宋代の文化 http://www.uraken.net/rekishi/reki-chu13.html

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