心に響いた言葉

今村 均

赤道の南の島の獄舎にて　北斗をめぐる七つ星見る

よしのりホーム

　サザンクロス(南十字星)を天に眺めるニューブリテン島。昭和二一年，島の戦犯収容所に五百名ほどの帝国軍人が収容される。そこに今村均(ひとし)陸軍大将がいた。大将は収容中の出来事を克明に記録。多くの和歌も詠んだ。

　　赤道の南の島の獄(ひと)舎(や)にて　北斗をめぐる七つ星見る

　故郷で見る北斗七星が，南の島の空低く見える。多くの部下が望郷の思いにかられているだろう。今村大将はそう感じたに違いない。

一　オランダ領東インド攻略

　時はさかのぼる。昭和一六年一二月八日，大日本帝国は米英に宣戦布告。大東亜戦争が始まった。今村均中将(当時)はオランダ領東インド（インドネシア）を攻略する作戦を指揮する。パレンバンの油田地帯を制圧し，ジャワ島へ。上陸後，わずか九日間で九万人を越えるオランダ軍を無条件降伏させた。今村中将はインドネシアで次の軍政を敷く。

　一　スカルノやハッタら政治犯を解放
　二　現地民の官吏登用
　三　石油価格をオランダ統治時代の半額に
　四　各所に学校を建設
　五　インドネシア語の整備
　六　治安の維持
　七　産業の興隆
　八　オランダ人に高待遇な処置
　九　独立歌「インドネシア・ラヤ」奨励…

　今村中将の軍政を調査に来た政府高官は，本国へ次のように報告し，賞讃している。

原住民は全く日本人に親しみを寄せ，オランダ人は敵対を断念している

二　ラバウル防衛

　昭和十七年，今村中将はニューブリテン島のラバウルに司令官として着任した。米軍の戦い方から，補給路が封鎖されることを想定。島内に田畑をつくり食料の自給体制を整えた。今村中将は率先して畑を耕したという。

　ラバウルの要塞化に着手。十万人の将兵が潜る地下壕を掘り，五千人以上を収容できる病院を築く。食料，弾薬を収容する施設も全て地下に設けた。地下壕は延長四五〇km。永久要塞である。米軍は攻略を断念。連日空爆するのみであった。

三　部下を守る戦い

　(一)　ラバウル戦犯収容所

　昭和二〇年八月，ラバウルの要塞は，ほぼ無傷で敗戦の日を迎える。オーストラリア軍からの英文電報に，今村大将は毅然と答えた。
「まだ大本営から，終戦についての具体的司　令が発せられていないので，これに関する　交渉に応ずることは致さない。従って，当　方から通電する以前に，貴軍がラバウル付　近に上陸したり進行したりすることは，戦　闘を惹(じやつ)起(き)することと承知ありたい」

　大本営の指示で粛(しゆく)々(しゆく)と武装解除。連合軍上陸後，将兵の多くは日本への帰還船に乗る。

　しかし，およそ五百名の将兵が戦犯の疑いで残された。ほとんどは，インド人や中国人労務者を虐待したというもの。労務者らは当初捕虜ではあったが宣誓のうえ釈放され改めて賃金労務者としてラバウルに来た者であり捕虜ではない。今村大将は抗議した。
「これら労務者は賃金労務者であり本来は日　本国法によって裁かれるべきものである」
「それでも戦争犯罪者として裁こうとするな　らば，監督指導の地位にある最高指揮官を　責めるべきで，個々の将兵を裁くべきでは　ない。よって速やかに予(よ)(今村大将自身)を　裁判し，他は解放されたい」

　さらに，自らの収容所入りを申し入れた。

「当方面最高指揮官である予を拘留の上，速やかに裁判を行われたい。そうでなければ，全般の戦況がどうであり，予の部下はいかなる任務で，どう行動するを必要としたかの実際が分からず，自然，彼らに対して行われている裁判の公正は期し得ない」

　収容所内ではオーストラリア軍人の不法暴虐が絶えなかった。今村大将は厳重に抗議し，所長を動かす。しかし，労務者らは二年以上も日本軍と一緒に連合軍へ敵対したことを咎(とが)められることを心配し「自分達は無理矢理ラバウルに送られた」と言い張り，針小棒大に証言したため，日本将兵の多くが死刑を宣告された。今村大将は禁固十年の判決。

　(二)　ジャワ裁判

　オランダ軍の裁判を受けるため，今村大将はジャワ島に移送された。日本とオランダの戦闘行動はわずか九日間で犠牲は少なかったが，戦犯数と量刑の程度は他の連合国と比較を絶する重酷なものだった。今村大将は部下を守るために奮闘。大将自身は無罪の判決。

　(三)　マヌス島海軍刑務所

　東ニューギニアの北方赤道近くの小島，マヌス島の刑務所に，ラバウルから移送された四百人の日本将兵が収容されていた。今村大将は昭和二五年一月，東京巣鴨拘置所に移管された後，奥様を通じてＧＨＱのマッカーサーに直訴し，マヌス島刑務所での服役を切願する。この時，今村大将は六四歳。マッカーサーは非常に感銘し，次の言葉を残している。

　日本に来て以来初めて真の武士道に触れた思いだった

　マヌス島へ向かう前，奥様を通じて様々な野菜の種子を入手。マヌス島の気候を利用し，野菜を年三〜四回収穫する。服役中の日本将兵は勿論，オーストラリア軍将兵からも大層喜ばれた。すき焼きに欠かせむ長ネギ，芋焼酎の材料であるジャガイモなどを大量に栽培。マヌス島の刑務所の暮らしが一変したという。

　昭和二八年マヌス島刑務所は閉鎖。日本将兵は皆，横浜へ入港した。今村大将は巣鴨刑務所へ。釈放は昭和二九年一一月。ラバウル出征から一二年が経っていた。その後，亡くなるまでの一四年間，ひたすら元部下への援助に終始した。聖将と讃えられる由縁である。