心に響いた言葉

神武天皇

八紘一宇

よしのりホーム

　学生時代，「八紘一宇」という言葉は軍国主義のイメージに直結した。この言葉の本当の意味を知ったのは教員になってからである。

　皇紀元年二月一一日，初代神武天皇が畝傍山(うねびやま)の東南，現在の橿原(かしはら)市に都を開かれるにあたり，詔(みことのり)を発せられた。

神武天皇(初代天皇)即位建都の詔(後段)

上(かみ)は則(すなわ)ち乾(あまつ)霊(かみ)の国(くに)を授(さづ)けたまひし徳(みうつくしび)に答(こた)へ，下(しも)は則(すなわ)ち皇孫(すめみま)の正(ただしき)を養(やしな)ひ給(たま)ひし心(みこころ)を弘(ひろ)めむ。然(しか)る後(のち)，六(くにの)合(うち)を兼(か)ねて都(みやこ)を開(ひら)き，八紘(あめのした)を掩(おほ)ひて宇(いへ)に為(せ)む事(こと)，亦(また)可(よ)からずや

「大神より国を委(ゆだ)ねられ，神の正しき道を養い修めこれを広める。そして都を開き世界が一つの家のごとく穏やかに暮らせるようにしよう」という意味になるだろうか。

「八紘(はつこう)を掩(おほ)ひて宇(いへ)に為(せ)む」が「八紘(はつこう)為(い)宇(う)」「八紘一宇」となったという。ならば，これは道義(どうぎ)国家建設と世界平和実現の宣言にほかならない。

　武力でなく道義(人のふみ行うべき道)によって国を治め，家族のように睦まじく暮らすという理念。神武天皇が建国にあたって発せられた詔の理念は，以来連綿として継承され今日に至る。

「新古今和歌集」仁徳天皇御歌

　高き屋(や)に登りて見れば煙(けぶり)立つ
　　　　民(たみ)の竈(かまど)はにぎはひにけり

　仁徳天皇が難波(なにわ)の高津宮の高殿(たかどの)に上り見ると，どこからも炊事の煙が見えない。国民(くにたみ)の窮乏を嘆いた天皇は課役(かえき)を三年間免除し自らも質素倹約。宮殿の修繕も行わなかった。後に煙を見てお慶(よろこ)びになり，荒れた宮殿に言及された皇后へ「民が豊かになるのが私が豊かになること」と仰せになったと伝えられる。

　東日本大震災で今上，皇后両陛下は被災地や避難所を何度も巡り被災者を激励された。厳しい寒さの中，お住まいの御所(ごしよ)の自主的な停電を行い，暖房も使われなかった。苦難を分かち合う大御心(おおみごころ)は数千年来変わらない。

　天皇陛下の大御心は国民一人一人にも広く伝わり，日本人の国民性を形成している。

　鎌倉時代中期，日本は「元寇(げんこう)」という大国難に遭遇した。元(げん)(モンゴル帝国)は当時世界最大の軍事国家。対馬(つしま)や壱岐(いき)などの島々では婦女子まで惨殺され夥(おびただ)しい被害があったが，鎌倉武士は勇(ゆう)猛(もう)果(か)敢(かん)に戦い遂にこれを撃退した。残虐で恐るべき敵であったが当時の日本人は戦死した元軍兵士を丁重に埋葬しており，北九州や山口県には今も塚が残っている。

　明治最大の国難である日露戦争においても，至るところで日本の国民性の発露があった。不凍港を求め極東侵略を図ったロシアに対し日本は決然起ち上がったのだが，刀折れ矢尽きて降参したロシア兵俘虜(ふりよ)への対応は極めて道義的である。七万人を越えるロシア兵が日本各地の俘虜収容所に入るが，国内二九か所の俘虜収容所は温暖で過ごしやすい地を選んで建設されたという。俘虜受け入れの地には「戦争は国家と国家の公争(こうそう)にして個人間の私闘(しとう)にあらざるは市民夙(つと)に熟知する処」であるから，俘虜を凌辱(りようじよく)するようなことをしてはならないとの諭(ゆ)告(こく)が発せられた。小中学生へは俘虜に接する心構えが教育される。ロシア兵は住民と親密に交流し，病気や負傷で亡くなった俘虜のために墓地が作られており，道後温泉で有名な愛媛県松山市にあるロシア人墓地は今も保存会や婦人会，近くの市立勝山(かつやま)中学校の生徒達が清掃奉仕を続け，供物や花の絶えることがないという。

　大正時代の日本がポーランド人の孤児に示した道義にも心震える感動がある。当時のポーランドは周辺国(ロシア・オーストリア・ドイツ)に国土が奪われ，これに抵抗するポーランド人は逮捕されて厳寒の地シベリアに送られた。その数，十万人以上。ロシア革命の動乱の中で親を亡くす孤児が大勢出たという。せめて子供だけでも祖国へ送り届けたいと，ポーランドの人々は欧米諸国に子供達を救ってくれるよう懇願したが，欧米は悉(ことごと)くこれを拒否。最後に当時国交のなかった日本が懇願を受けた。「子供を花のように愛する日本が，子供達の命を戦争の不幸から救ってくださるよう切に願っています」…この懇願を受け，日本は直ちに孤児救出に乗り出した。救出された孤児は七六五名。平均年齢五歳。おもちゃやお菓子，服などを持ち寄る人々，お金の寄付を申し出る人は，日本中から後を絶たなかったという。無料で歯の治療を申し出る歯科医，散髪をしようという床屋，演奏会を開こうという学生音楽会，お楽しみ会に招待しようという慈善協会なども連日訪れる。貞明皇后陛下も子供達と親しく接したが，孤児だった一人は後にこう語っている。

「どんなに優しくされても心細くてたまらなかった時，貞明皇后陛下に抱きしめてもら　ったことが今でも忘れられない」

　中には重病の子，もはや手遅れと思われる子も居たが，子供達は全員生きて祖国ポーランドに向かった。しかし，関係者で一人亡くなった方がいる。松澤フミという看護婦である。重い腸チフスでもう手遅れと思われた小さな女の子が不憫でたまらず，「死を待つほかないのなら，せめて自分の胸で死なせてやりたい」と毎晩ベッドで添い寝したという。女の子は奇跡的に助かったが，松澤フミはその病で命を落とした。

　それからおよそ八〇年後の平成一四年，今上陛下，皇后陛下はポーランドを訪れ，孤児だった人達にお会いになっている。そのうちの一人，アントニーナ・リロさんは既に八五歳になっていて，美智子皇后陛下の手をずっと握り締めた。八〇年前の微(かす)かに覚えている貞明皇后の手の感触を思い出し，時間が止まったかのように感じられたという。リロさんはその後，「日本は天国のようなところだった」という言葉を遺して九〇歳の生涯を閉じている。

　昭和最大の国難は大東亜戦争であるが，この戦における帝国軍人の道義を重んじた行動は枚(まい)挙(きよ)に暇(いとま)がない。そのうちの一つに緒戦のマレー沖海戦がある。これは「作戦行動中の戦艦を航空機で沈めことはできない」というそれまでの世界の常識を覆し，英国が誇る最新鋭の戦艦二隻を日本の航空機が撃沈させた歴史的な海戦であった。沈みゆく英国戦艦の艦長は日本の航空隊に「乗員を退艦させるので三〇分時間がほしい」と打電。英国巡視船が乗組員を捜索しおよそ八〇〇名を救助する間，日本軍は空で待機した。戦艦の乗員が全員退艦後，一人デッキに残った英国艦長に日本の航空隊は全機整列し一機ずつデッキ前を通過。敵艦長に最敬礼をしたのである。この戦艦の戦死者は乗員の二割に止まった。翌日，日本軍は航空隊を再度マレー沖に飛ばし沈没現場の海面に花束を投下させ，英国海軍の敢闘に敬意を表している。

　武力で挑む者には鉄槌を下すが無抵抗となったら矛を収めるという武士道精神は，道義国家建設の理念継承にほかならない。