| 至誠通神 |
心に響いた言葉
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たのしみは 妻子(めこ)むつまじく うちつどひ 家族揃って食卓を囲む幸せなひとときを，端的に表現している。この歌を目にする人は，皆それぞれの懐かしい記憶に浸るだろう。ある人は幼少の頃を，又ある人は我が子が幼かった頃の食卓を想い出すかもしれない。腹を空かせた子が一所懸命物を食べる姿は可愛いものである。家族が皆で食事をするのは，まさに日常の当たり前の光景なのだが，子供が大きくなり家を出た後になると，その記憶は柔らかな光に包まれた尊いものになると思う。 「独楽吟」から，子供を詠んだ歌。 橘曙覧は，江戸時代の国学者にして歌人。文久九年(一八一二)，越前福井城下に生まれた。家は紙筆墨商を営み，家伝薬製造販売の老舗。嫡子であったが，家業を弟に譲り，もっぱら文学に従事する。妻子は，門弟からの援助，寺子屋の月謝などで養い，清貧な生活に甘んじたという。 後に正岡子規が「万葉を学んで万葉を脱し」「歌想豊富なるは単調なる万葉の及ぶ所にあらず」「趣味を自然に求め，手段を写実に取りし歌，前に万葉あり，後に曙覧あるのみ」「歌人として実朝(さねとも)以後たゞ一人なり」「彼を賞讃するに千言万語を費すとも過讃にあらざるべし」と絶賛している。しかし，曙覧の本領は国学にあり，本居宣長の学風を慕って，国学を志したという。国文学者の折口信夫(しのぶ)の『橘曙覧評伝』に「歌は即学問であり，尠(すくな)くとも学立つて歌はじめて正しとしたのだ」とある。曙覧は歌の革新を指向していたのではなく，あくまで万葉集の誠の精神を内面生活に活かすよう努め，国学の実践者として率直清新な歌を詠んだのである。 曙覧は二歳の時に母を，十五歳の時に父を亡くしている。これが大きな転機となったらしい。曙覧の長男が著した「橘曙覧小伝」に「此に於て大いに感ずる所あり，仏に帰せむとし」仏経を学び詩歌を習得し文学に傾いたとある。肉親の死は，人生を一変させる。 家業を継いでいた二十一歳の時に，生涯の妻となる奈於(なお)を娶(めと)った。この時奈於は十七歳。勤倹でよく一家を支え，明治三十七年に八十九歳の天寿を全うしたという。 曙覧二十五歳の時に授かった長女は生後間もなく夭折し，翌年次女もまた生後間もなく夭折。三十三歳の時には三女が四歳で病死。曙覧の痛哭は想像するにあまりある。しかし，三十四歳の時に長男を授かり，その後次男，三男と子宝に恵まれた。『独楽吟』は元治元年(一八六四)，五十三歳頃の作品といわれている。冒頭の歌は，三人の息子だけでなく，先に亡くした三人の女の子をも想い出しての歌であると思う。子を亡くした親の悲しみは消えない。 元治二年(一八六五)，越前福井藩主の松平春嶽(しゅんがく)が曙覧の隠遁先である藁屋(わらのや)を訪れた。「橘曙覧の家にいたる詞(ことば)」という春嶽の手記に「今より曙覧の歌のみならで，其の心のみやびをもしたひ学ばばや」との文言が記されている。町はずれの一介の歌人に，藩主が直接学びたいという。前代未聞のことであった。春嶽は幕末四賢侯の一人と謳われている。橘曙覧の学問の高さが分かる。 しかし，曙覧は出仕を固辞した。その時に詠んだ歌。 春嶽の返歌。 話は現代に飛ぶ。平成六年に天皇皇后両陛下が訪米された際，当時のクリントン大統領が歓迎スピーチの締めくくりに，曙覧の歌を引用した。 曙覧は五十七歳でその生涯を終える。三子に与えた遺訓。 |
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