心に響いた言葉

昭和天皇陛下

終戦の詔勅

よしのりホーム

　平成23年8月15日。六十七回目の終戦の日を迎える。
　終戦の詔勅(玉音放送)，最後の部分。

宣(ヨロ)シク　擧國一家子孫相傳(ツタ)ヘ　
確(カタ)ク神州ノ不滅ヲ信シ　任重クシテ道遠キヲ念(オモ)ヒ
總力(ソウリヨク)ヲ将来ノ建設ニ傾ケ　道義ヲ篤(アツ)クシ　
志操ヲ鞏(カタ)クシ　誓(チカツ)テ國體(コクタイ)ノ精華ヲ発揚シ　
世界ノ進運ニ後(オク)レサラムコトヲ期スヘシ
爾(ナンジ)臣民　其レ克(ヨ)ク朕(チン)カ意ヲ體(タイ)セヨ

　数多の労苦はあろうが，英霊を偲びながら皆が額に汗し帝国の復興を成そうという陛下の御言葉である。日本国民は涙を流してこの玉音放送を聞いた。勇猛でならした帝国陸海軍人が，この御言葉によって粛々と武装解除する姿に，連合国は瞠目したという。

　玉音の放送に至るまでは，幾多の紆余曲折と事件があった。

　昭和二〇年六月，日本の終戦についての具体的着手は，まず宮中から始められた。木戸幸一内大臣は講和措置を中心とした十一項目に及ぶ時局収拾の対策試案を起草する。そこには，次の一文があった。

「天皇陛下の御親書を奉じて仲介国と交渉す。　対手国たる米英と直接交渉を開始し得れば之も一　策ならんも，交渉のゆとりを取るためには寧ろ今日中立関係にあるソ連をして仲介の労をとらしむるを妥当とすべきか」

　後で分かることだが，既にこの年の二月には米英ソ三国首脳がクリミア半島のヤルタで会談を開いており，秘密協定が結ばれていた。

　�@ドイツ降伏後，ソ連が対日参戦する
　�A樺太南部・千島列島をソ連に引渡す
　�B満洲におけるソ連の権益確保　…

　我が国の領土や権益を狙って，米英ソが手を結んだような形である。日ソ不可侵条約は無視された。悲しいことだが，日本は敵国であるソ連をあてにしていたことになる。

　六月十八日，米軍は日本上陸作戦を決定。計画によれば，昭和二十年十一月に九州上陸，翌春には本土に上陸し，昭和二十二年春，作戦を終了する予定でいた。米軍側が予測した犠牲者はおよそ百万人。

　六月二十日，木戸内大臣は判断する。

「最高戦争指導会議の構成員を宮中に呼び，天皇が直接，外交的講和工作を命令されるのが最も効果的である」

　六月二十二日，最高戦争指導会議の構成員，鈴木貫太郎総理，東郷茂(しげ)徳(のり)外相，阿南惟幾(これちか)陸相，米(よ)内(ない)光(みつ)政(まさ)海相，梅津美(よし)治(じ)郎(ろう)参謀総長，豊田副(そえ)武(む)軍令部総長の六人は，陛下に呼ばれ参内。陛下は

「これは命令ではなく，あくまで懇談であるが」

と前置きされ，戦争終結の速やかな実現の意を述べられている。

　七月中旬に，米英ソ三国首脳がドイツのポツダムで会談するという情報を得た東郷外相は，会談前にソ連を通じて終戦交渉を進めようと決意。元首相の近衛文麿が特使を命じられたが，佐藤駐ソ大使による事務レベルの会見さえままならず，ソ連側の回答は引き延ばしを繰り返した。

　七月二十六日，ポツダムから米英支三国の共同宣言が正式に発せられる。かねて連合国側が呼号していた「日本の無条件降伏」という政策が緩和され，八項目にわたる終戦の条件が掲げられていた。しかし，我が国の国体護持に関する保障は明記されていなかったため，受け入れ難いものであった。最高戦争指導会議の中でも意見が割れる。

　その頃，米国は開発を急いでいた原子爆弾を完成させ，七月十六日には実験成功。投下準備を急ピッチで進め，八月六日，広島に投下した。(ウラン原爆)

　八月八日，ソ連政府指定の時刻にクレムリンを訪れた佐藤大使は，「ソ連政府は明日，すなわち八月九日から日本と戦争状態に入る」と一方的に通告された。米国が原爆を投下したため，予定を繰り上げての宣戦布告。日本が降伏する前の駆け込み参戦である。満洲や樺太，千島になだれ込んだ。

　八月九日，米国は長崎に原子爆弾を投下。プルトニウム原爆。広島とは別の型である。

　八月九日深夜から十日未明にかけての御前会議。鈴木総理が東郷外相の起草した案文を読み上げた。

「客月二十六日付三国共同宣言に挙げられたる条件中には，日本天皇の国法上の地位を変更する要求を包含し居らざることの了解の下に日本政府は之を受諾す」

　これに対し，米内海相は「同意」，阿南陸相，梅津参謀総長は「反対」。外地にまだ百万人以上が出兵しており，かつ対支那軍はほぼ全戦全勝状態であったため，反対の表明は当時の状況から仕方のないことであった。意見がまとまらないまま二時間あまりが過ぎた頃，鈴木総理が口を開いた。

「意見の対立がある以上，甚だ畏れ多いことながら，私が陛下の思召しをお伺いし，聖慮をもって本会議の決定といたしたいと思います」

　このように述べ，天皇陛下の前へ進み出た。陛下の第一声はこうである。

「それならば，意見を述べよう。私は外務大臣の意見に同意である」

　…一瞬時の流れが止まった…。地下十メートルの防空壕。物音一つない静寂の中，嗚咽の声があちこちで聞こえてきたという。やがて陛下は「念のために言っておく」と前置きされ，涙を流されながら述べられた。

「…私は非常に心配である。あるいは，日本民族はみんな死んでしまわなければならなくなるのではなかろうかと思う。そうなったら，どうしてこの日本という国を子孫に伝えることが出来るか。私の任務は，祖先から受け継いだこの日本という国を子孫に伝えることである。今日となっては，一人でも多くの日本国民に生き残ってもらい，その人たちに将来ふたたび立ち上がってもらうほかに，この日本を子孫に伝える方法はないと思う…」

　聖断下る。

　会議終了は午前二時半。ポツダム宣言受諾意志を連合国側へ通告する電文は午前六時に起草を終え，すぐに送信の手続きがとられた。

　戦争終結を日本国民にどう伝えるか決めあぐねた時，

「畏れ多いことだが，陛下に放送をお願いしてはどうか」

と口を開いたのが阿南陸相である。本土決戦を叫ぶ軍人の暴走を抑えるには，陛下の玉音が必要であった。

「和平は陛下の本意ではなく，側近の思惑ではないか」と考えた軍人は大勢いた。陸軍省軍務局の畑中健二少佐は近衛師団の参謀と示し合わせて決起し，近衛師団長を斬り，陛下から側近を引き離そうとしたが(宮城事件)失敗に終わる。関係者は自決。この事件とは別に阿南陸相をはじめ，多くの軍人・軍属とその家族も自決された。一触即発の空気の中で日本は終戦を迎えたのである。

　随筆家，内田百(ひやつ)��(けん)は日記に記した。

「ラジオの前に坐る。天皇陛下の御声は録音であつたが戦争終結の詔書なり。熱涙滂(ぼう)沱(だ)　として止まず，どう云ふ涙かと云ふ事を自分で考へる事が出来ない…」