心に響いた言葉

太田 實(みのる)

沖縄県民斯ク戦ヘリ

よしのりホーム

　沖縄県民斯(カ)ク戦ヘリ
　県民ニ対シ後世(コウセイ)特別ノ御高配(ゴコウハイ)ヲ
　賜(タマワ)ランコトヲ

　帝国海軍沖縄方面根拠地隊(以下，沖根)司令官，大田實中将の言葉である。大東亜戦争終盤の昭和二十年六月六日，沖縄を死守してきた沖根が米軍にじわじわと包囲され力尽き，最後に発した電報の一部であり，この言葉の前には沖縄県民の献身的な戦いぶりが述べられている。一部引用する。(□は不明部分)

　…然(シカ)レドモ本職ノ知レル範囲ニ於(オイ)テハ　県民ハ青壮年ノ全部ヲ防衛召集ニ捧ゲ　残ル老幼婦女子ノミガ相次グ砲爆撃ニ家屋ト財産ノ全部ヲ焼却セラレ　僅(ワズカ)ニ身ヲ以テ軍ノ作戦ニ差支(サシツカエ)ナキ場所ノ小防空壕ニ避難　尚(ナホ)　砲爆撃下□□□風雨ニ曝(サラ)サレツツ乏シキ生活ニ甘ンジアリタリ…

　これは，世界戦史上，不朽の電文と言われている。ひたすらに沖縄県民の敢闘する様子を伝え，その後の特別な配慮を熱願した内容ゆえであろう。一度目にするだけで，心に深く刻み込まれる言葉である。

　大田中将は，かつ夫人との間に十一人の子供をもうけた。子煩悩で優しい父親だったという。昭和十九年末，米軍が迫る沖縄に海軍の司令官として赴くにあたり，三女の愛子さんと伊勢神宮を参拝する。宿の一室で「お父様は身も心も浄めて戦地へ行く。愛子もお国のお役に立つような立派な女性になりなさいよ」と言葉をかけられたという。愛子さんの一生の宝物のノートに，大田中将の墨痕(ぼつこん)が残されている。

　征(ゆ)くわれと送る子供と大神(おおかみ)に
　　　　　　　　　をろがみまつる皇軍(みいくさ)のさち

　　　　　　　　　　　　　　二六〇二年十一月　伊勢神宮にて

　父への愛子さんの返歌

　　　出撃の父見送りし伊勢詣(まい)り
　　　　　　　　　　静けき宿のひと夜忘れず

　激しい戦いを前にした，父と子の間に流れる穏やかなひと時を感じさせられる。

　沖縄を敵手にゆだね，米軍が優勢な航空兵力を配備することになれば，日本本土の西半分が米軍の攻撃圏内に入ってしまう。さらに，マリアナ，硫黄島方面からの航空基地兵力，米機動部隊の進出が加われば，日本と支那大陸及び南方資源地帯との交通が遮断され，戦争遂行上も本土防衛面からも致命的な弱点になる。これが，当時の大本営陸海軍部合同研究による見解である。従って，沖縄はどうしても死守する必要があった。しかし，防備は非常に遅れていた。そこで，海軍内で陸戦の第一人者とされる大田中将に白羽の矢が立ったのである。この頃には既にサイパン島，テニアン島，グアム島，アンガウル島守備隊が玉砕を遂げていた。まさに，生還は期せられない赴任である。

　大田中将は晩酌時，「岩尾身(いわおのみ)」という文字を刻んだ徳利を愛用したという。宮本武蔵『五輪書(ごりんのしよ)』に出てくる言葉で，次のように記されている。

　岩尾の身と云(いふ)は，うごく事なくして，つよく大なる心なり。身におのづから万理を得て，つきせぬ処(ところ)なれば，生有る者は，皆よくる心有る也。無心の草木迄も根ざしがたし。ふる雨，吹く風もおなじこころなれば此身(このみ)能々(よくよく)吟味あるべし

　岩尾(巌(いわお))の身は，不動の心を指す。教士七段，海軍きっての剣豪であった大田中将は，「道においては死をいとわず」沖縄に向かったのである。

　昭和二十年三月，沖縄に迫る米艦船は千三百隻。まさに海を覆い尽くすようにやって来た。上陸した地上戦闘部隊は十八万三千人。補給部隊を合わせると，総勢四十六万人の大部隊である。

　対する日本軍守備隊は，陸海合わせて九万人。これに現地防衛召集兵と男女学徒隊合わせて，総勢十二万人。米軍の四分の一の兵力である。火力や糧秣，薬品など物量の差を加えれば，圧倒的な劣勢であった。

　米軍の猛攻に備え，日本軍守備隊は壕を掘った。大田中将が司令根拠地とした小禄地区豊見城(とみぐすく)の海軍壕は，現在一部公開されている。発掘された壕の総延長は四百七十メートルであるが，旧国鉄技術陣の調査ではその倍近くあったとされる。気の遠くなるような長さである。

　米軍の攻撃は，物量に乏しい日本軍が「耕す戦法」と驚嘆する凄まじさであったという。前進しようとする地域を「鉄の暴風」と形容される砲爆撃で掘り返し，さえぎる物が無くなってから前進する。日本軍は昼間，地下壕に潜む以外にない。夜襲で陣地を奪還するのだが，夜間の動きは鈍くなりがちで「昼間二歩後退，夜間一歩前進」とならざるを得なかった。その激闘ぶりは，米第十軍司令部が統合参謀本部に「夕刻までに前進一フィート(約三十cm)，一インチ毎(ごと)に重大な損害」と打電したことでも分かる。

　まさに死闘であったが，兵力，物量の劣勢は覆いがたく，六月六日夕刻，大田司令官は訣別電報と辞世の句を発信する。辞世の句。

　身はたとへ沖縄の辺に朽つるとも
　　　　　　　　守り遂ぐべし大和島根は

　その，およそ三時間後に，「沖縄県民斯ク戦ヘリ」の電文が発せられるのである。尚，公刊戦史には記されていないが，大田司令官自決前日には，次のような最後の電報が発せられた。

発　沖根　昭和二十年六月十二日　一三三五

一，朝来(チヨウライ)敵戦車及ビ歩兵当司令部壕(ゴウ)外(ガイ)ニ
　　蝟集(イシユウ)シ煙弾(エンダン)ヲ打込(ウチコ)ミアリ

二，我方(ワガホウ)凡(オヨ)ソ刀(カタナ)ヲ以(モツ)テ戦ヒ得ル者ハ孰(イズ)レモ敵ニ当リ然(シカ)ラザル者ハ自決シアリ

三，七四高地(海軍司令部壕)二ケ月余リノ奮闘モ本日ヲ以(モツ)テ終止符ヲ打ツモノト認ム

　六月十三日午前一時，大田司令官自決。享年五十四歳。

　連合軍を震撼させた特別攻撃隊のうち，海軍特攻隊員の八割以上は沖縄の空で散華されている。また，当時世界一の装備を誇った戦艦大和は，沖縄県民のために大量の日用品を積載して沖縄に向かった。しかし，六月二十三日，第三十二軍(陸軍の沖縄方面軍)司令官，牛島満大将自決。この日に日本軍守備隊の組織的戦闘を終えたとする。米軍は二十日間で戦闘を終える予定だったが，実に九十日間もの日数を要した。これは，少なからずポツダム宣言に影響を与えている。沖縄県は六月二十三日を慰霊の日と定めた。

　戦後，沖縄は米国の支配下に置かれる。昭和四十年，現職首相初の沖縄訪問を実現させた佐藤栄作首相は，「沖縄の祖国復帰が実現しない限り，日本の戦後は終わらない」と発言し，日米協議がスタートするきっかけとなった。

　今上天皇陛下は，「日本人が忘れてはならない一番大切な日」を三つあげておられる。八月六日の広島原爆忌，八月九日の長崎原爆忌，そして六月二十三日の沖縄戦終結の日である。