平成二三年三月十六日,東日本大震災の被災者や国民に向けて,今上天皇陛下のビデオメッセージが発表された。これは,何度お聴きしても胸震える御言葉である。
被災地の悲惨な状況を悼まれ,救援活動で被災者の状況が好転すことを願われる御言葉の後,次のように続けられた。
そして,何にも増して,この大災害を生き抜き,被災者としての自らを励ましつつ,これからの日々を生きようとしている人々の雄々しさに深く胸を打たれています。
被災された方々の凛として生きる「雄々しさ」を讃えておられる。想像を絶する大きな被害に見舞われても静謐を保ち,前に向かって生きる日本人の姿。この「雄々しさ」という言葉を聞くと,日露戦争開戦に当たって明治天皇が詠まれた御製を思い出す。
しきしまの 大和心の をゝしさは
ことある時ぞ あらはれにける
平時は淡々とした日常を送る国民だが,いざ有事の際は内に秘めた雄々しさが姿を現す。何があっても凛として生きる。ここに,日本人の真の姿がある。
今回の震災では,多くの方々が命がけで救援活動に従事した。最後の最後まで避難を呼びかけ,殉職された方も大勢いらっしゃる。被災地に駆け付けた自衛隊員は自分の携帯食を被災された方々に渡し,不眠不休で救援活動を続けていると聞いた。
一大国難に当たり,被災現場で献身的に活動する方々の身の上を思われ,今上陛下は次のように述べられている。
自衛隊,警察,消防,海上保安庁を始めとする国や地方自治体の人々,諸外国から救援のために来日した人々,国内のさまざまな救援組織に属する人々が,余震の続く危険な状況の中で,日夜救援活動を進めている努力に感謝し,その労を深くねぎらいたく思います。
陛下のこのようなねぎらいの言葉が,どれだけ国民に力を与えるか。
陛下のビデオメッセージ発表の三日後,福島第一原発事故で,東京消防庁ハイパーレスキュー隊は放水活動を行った。放射性物質がもれる危険な中での作業。緊急消防援助隊東京都隊総隊長の佐藤康雄警防部長は,無事にミッションを達成した後の記者会見で
「危険度を熟知する隊員の恐怖心は計り知れないが,拒否する者はいなかった」
と述べた。
ハイパーレスキュー隊の冨岡豊彦総括隊長は,記者陣の「大変だったのは?」との問いに,
「…隊員ですね…」
と答え,十秒以上沈黙。目を真っ赤にし,頬を震わせながら,
「隊員はですね…非常に士気が高いので,…みんな一所懸命やってくれました…」
と言葉を絞り出した。これは救援現場で活動する国民を思い,ねぎらいの言葉を述べられた今上陛下の期待に応えようとする姿ではなかったか。ここに「大和心のをゝしさ」を感じた人は多いと思う。
ビデオメッセージで陛下は,世界から日本に寄せられた声にも言及されている。
海外においては,この深い悲しみの中で,日本人が,取り乱すことなく助け合い,秩序ある対応を示していることに触れた論調も多いと聞いています。これからも皆が相携え,いたわり合って,この不幸な時期を乗り越えることを衷心より願っています。
海外からの発信をいくつか列挙する。
「日本人は黙って威厳を保ち,やるべきことをしている」(英デーリー・ミラー紙)
「行列では老人,子供を優先させて,最後に一般の人々が続き,けんかや争いもない」 (台湾「聯合報」紙)
「日本には最も困難な試練に立ち向かうことを可能にする『人間の連帯』が今も存在している」 (露ノーバヤ・ガゼータ紙)
「日本はこの災害に対し尊敬すべき忍耐力で立ち向かっている」
(英フィナンシャル・タイムズ紙)
「津波の恐るべき破壊の映像を見ると,私は空襲で破壊し尽くされた四十五年の日本の市や町に思いを致します。広島・長崎への原爆投下の前に,六十を超える都市が廃墟となり,子どもも含め何十万もの人々が命を失いました。日本がどれだけ破壊し尽くされたか,今では覚えている人も少ないでしょう。当時,ほとんどの日本人や外国人にとって,迅速な復興など想像もできないほどでした。しかし,やり遂げたのです。(中略)日本が癒しと復興への道を速やかに歩むことを期待しています。」
(ジョン・W・ダワー マサチューセッツ工科大教授)
「こうした経験を積み重ねて,日本人は強くなった。理解を超えた自然の力は,民族の運命であり,民族の生活の一部だという事実を,何世紀にもわたり日本人は受け入れてきた。今度のような悲劇や苦難を乗り越えて日本民族は生き続け,国を再建していくでしょう」
(ポーランドの映画監督アンジェイ・ワイダ)
世界は,日本の復興を確信している。
天皇,皇后両陛下は三月三十日,足立区の東京武道館を訪れ,館内で避難生活を送っている被災者を見舞われた。宮内庁によると,両陛下は一日でも早く被災地を訪れたいとの気持ちを強く持っているが,行方不明者の捜索が続いているなどの現状を踏まえ,現在は現地入りを控えておられるという。お住まいの御所では計画停電に合わせ,自主的な停電を続けている。「寒いのは(服を)着れば大丈夫」と,その間は暖房も使われないという。これは,ビデオメッセージの最後にある御言葉そのままである。
被災者のこれからの苦難の日々を,私たち皆が,さまざまな形で少しでも多く分かち合っていくことが大切であろうと思います。被災した人々が決して希望を捨てることなく,身体を大切に明日からの日々を生き抜いてくれるよう,また,国民一人びとりが,被災した各地域の上にこれからも長く心を寄せ,被災者とともにそれぞれの地域の復興の道のりを見守り続けていくことを心より願っています。
大和心のをゝしさを誰よりも体現されているのが,今上陛下であった。
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