心に響いた言葉

昭和天皇陛下

仏の子供はお幸せね

よしのりホーム

　大東亜戦争に敗れ，日本中の主要都市が焼け野原となっていた頃の話である。陛下は昭和二十年十月，宮内府次長加藤進氏に次のように指示された。

　この戦争により先祖からの領土を失ひ，国民の多くの生命を失ひ，たいへん災厄を受けた。この際，わたくしとしては，どうすればよいのかと考へ，また退位も考えた。しかし，よくよく考へた末，全国を隈無く歩いて，国民を慰め，励まし，また復興のために立ちがらせる為の勇気を与へることが自分の責任と思ふ。このことをどうしても早い時期に行ひたいと思ふ。ついては，宮内官たちはわたくしの健康を心配するだらうが，自分はどんなになってもやりぬくつもりであるから，健康とか何とかはまつたく考へることなくやってほしい。宮内官はその志を達するやう全力を挙げて計画し実行してほしい

　昭和二十一年二月から昭和二十九年八月まで，陛下は各都道府県を御巡幸された。行程は三万三千キロ。総日数百六十五日。

　御巡幸を始められた時は，まだ米軍の占領下であった。日の丸を振ってのお出迎えは，固く禁じられていた。占領軍は，群衆が石の一つでも投げるだろうと思っていたが，御巡幸の先々全て「万歳万歳」の大歓迎であった。敗戦国の元首が大歓迎されるのは，欧米人の常識で理解できないものである。

　陛下は，主に英霊の遺族や海外の戦地からの引揚者，戦災者の遺族を見舞い，励ましの御言葉をかけられた。お泊まりになる所は不十分な設備であり，時には炭坑にも入られて，坑夫をじかに励まされた。

　昭和二四年，佐賀県基山町の寺にある洗心寮（戦災孤児四四名が生活）が陛下をお迎えした。

　お出迎えの言葉を申上げることになっていた佐賀県知事は，

本日ここに，九十万県民が久しくお待ち申上げておりました天皇陛下を目の当たりに…

と，ここまで述べて言葉が切れた。

　次の住職も，

本日ここに，一天万乗の大君を，この山深き古寺にお迎え申上げ，感激これに過ぎたるものはありません…

と，そこで止まってしまった。

　感極まる…。当時の日本人の偽らざる姿である。

　陛下は，孤児達の待つ寮舎へと足を運ばれた。孤児達は，それぞれの部屋で陛下をお待ち申上げる。陛下は，各部屋ごとに足を止められ，一人一人の子供に御言葉をかけられた。

「どこから？」

「満洲から帰りました」

「ああ，そう。おいくつ？」

「七つです」

「立派にね。元気にね」

　陛下が次の部屋に移られると，子供達から

「さようなら」

と自然に言葉が出た。陛下は又，戻られて

「さようならね。さようならね」

とお答えになった。

　一番最後の部屋に進まれた時，陛下は直立不動になられた。三人の女の子のうち，真ん中の子が二つの位牌を胸に抱きしめていたからである。

　陛下はお顔を近付け，

「お父さん，お母さん？」

とお尋ねになった。

「はい，これは父と母の位牌です」

と女の子は答えた。

　お父さんは満洲とソ連の国境で戦死，お母さんは引き揚げ途中で病没したという。

　陛下が，

「お寂しい？」

とお聞きすると，女の子は次のように答えた。

　いいえ，寂しいことはありません。私は仏の子供です。仏の子供は亡くなったお父さんとも，お母さんとも，お浄土にまいったら，きっともう一度会うことが出来るのです。お父さんに会いたいと思う時，お母さんに会いたいと思う時，私は，御仏様の前に座ります。そして，そっとお父さんの名前を呼びます。そっと，お母さんの名前を呼びます。すると，お父さんもお母さんも，私のそばにやって来て，私をそっと抱いてくれるのです。私は寂しいことはありません。私は仏の子供です

　陛下は，女の子をじっと見つめ，頭を撫でられた。そして，

　仏の子供はお幸せね。これからも立派に育っておくれよ

とおっしゃるなり，ハラハラと涙を流されたのである。

　すると，女の子は

　お父さん

　と呼んだ。

　その場に立ち合った多くの人達が，新聞記者までが涙を流したという。

　宮中にお帰りになられた陛下は，次の御製をお詠みになられた。

　みほとけの　教へまもりて　すくすくと　生い育つべき　子らに幸あれ

　【出典】しらべ かんが著　『天皇さまが泣いてござった』